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たさかんのひらき道 8

2011/12/21 00:27
みなさん、こんにちは、たさかんです。

巷はクリスマス直前ですが、いかがお過ごしですか。
クリスマスもイルミネーションもなんのその。
この「ひらき道」はまだ夏真っ盛りです!

さて、大阪のセミナーのあと、
7月末から念願の奄美大島に行ってまいりました。
蝶々さんを追いかけて奄美まで原稿を取りに行ったまさ女さん
遅れること3日。

ウキウキと南国バカンスな気分で、
ちょっぴり派手メイク&
普段仕事場には付けていけないドでかいピアスやアクセサリーをして、
奄美空港到着。

大阪のセミナーでお会いした「奄美のおかあさん」と、
まさ女さん+ちびっ子2人が迎えに来てくれていました。
奄美のおかあさんの家に着くと、奥から蝶々さんが、
すっぴんで、しかも可愛い作務衣みたいな家着姿
「いらっしゃ~い」と出てきました!

そして、私の姿を見るなり、
ここでそんなのダメダメ! ほら、おっきいピアスも外して!」と。
蝶々さんにそう言われ、
そっかー。そういうのも忘れてゆっくりするために、
(そしてさらに「ひらく」ために)来たんだったなあ
」と
当初の目的を思い出しました。

部屋に荷物を置いて、ピアスを外して、普通のTシャツ短パンになると、
もうなんだか「スッコーン!」と爽快!!
自分のなかに溜まっていたモヤモヤが
ぶわっと流れだし、
代わりに南国のゆるやかな空気と、
あっつーい太陽のおかげか
エネルギーに満ちた自然のパワーが流れ込んでくるような気がしました。
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女子3人で、
奄美のお母さんの作ってくれる滋味あふれる料理を食べ(おかあさんは、家庭菜園もやってるんです)、
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朝・昼・夕方と、すぐそばにある砂浜から海に入り、
ちびっ子たちと遊び、
ちょっぴり仕事をし、本を読み、
夜は早い時間に寝て……

蝶々さんは、
これからは、こういうふうに女性たちがコミュニティを作って、
子供を育てていく、そんな社会がくるよ、きっと

とおっしゃってましたが、
本当に、太古にあったと言われる女系社会も
こんな感じだったのではと思えるほど、
しっくりくる日々でした。

そして、なんと言っても最大のハイライトは、
夜中に屋上で見た星・星・星!!
ほとんど明かりのない奄美で見る夜空は漆黒で、
そこにまるでゴミやホコリのように(喩えがひどすぎる…)ちりばめられた星々は、
圧巻でした!

そして、おかあさんと蝶々さんとまさ女さんと4人で、
屋上にゴザを敷いて寝っ転がって
ものすごい星空と、流れ星を見ながら、
今自分たちがここにいる意味や、これからのことなどとりとめもなく話しつづけているうちに、
徐々に東の空が白みはじめ、
今度は、あまりにきれいで目を離すことができない
日の出のショーが始まったのでした。
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この夜~明け方のことを思い出すと、
今でも無性に奄美大島に行きたくなります。

基本的に、恐がりで慎重な人間なので、
宇宙やら深海やらに行きたいなどと考えたことはありません。
なので、宇宙の神秘地球の神秘についても
それほど考えたことはありませんでした。
でも、この体験で、宇宙の始まりや、宇宙の中での地球の意味
そのなかにいる自分の意味
色々と考えさせられました。
よく、そういった体験をすると
自分の存在が、悩みが、とてもちっぽけに感じられた」という感想を聞きますよね。
私もいったんはそういう気持ちになりました。
でも、ずっと空を見ているうちに、
巡り巡って、やっぱり自分がここに生まれ、ここにこうしている意味に戻ってきました。
広大な宇宙にあって、やっぱり自分はちっぽけな存在です。
だからこそ、自分のことは、自分が一番大事に考えてあげなきゃ、とも思いました。
それができて初めて、皆に自分のパワーや愛を分け与えることができるんだ、とも。

でも、蝶々さんやみんなで見ていたからそう思えたのかもしれません。
実は、次の晩も、同じ体験がしたくて、
独りでこっそり屋上に上がったんです。
けど、独りであの星がいっぱいの夜空を見てると
本当に自分が宇宙に吸い込まれてどこかに消えてしまいそうで、
怖くて3分ともちませんでした。

(実は、大学生の頃、真っ昼間に、UFOを見たことがあり、
それもあって、「ここに独りでいたら、宇宙人にさらわれてしまうかも」という思いもありました笑)

なにはともあれ、
奄美大島にステイさせていただいたおかげで、
仕事も震災も家のことも、
とりあえずいったん何も考えずに気持ちをリセットし、
やる気に満ちあふれた状態で都内に戻ることができました。

奄美のおかあさん、蝶々さん、まさ女さん、
ありがとうございました
そして、「ひらき道」におつきあいくださった皆さん、
ありがとうございました

「ひらき道」を通して、
ひとつの気づきがさらに次の気づきを呼ぶ、ということが実感としてわかりました。
また、日々の営みをきちんとしていくということが大切だということも。
そして、それでも何かモヤモヤが溜まったら、
奄美大島じゃなくても、どこか近くの公園でも神社でもいいので、
とにかく場所を変えてみるというのが大事だということも。

それでは、みなさん、これからも、がんがんひらいて光っていきましょう!
光ってる女子は無敵です
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たさかんのひらき道 7

2011/12/13 12:54
はい、みなさん、こんにちは。たさかんです。

先日、美容院に行きましたら
渡された雑誌が
OZマガジンの10月号が吉祥寺特集でした。

今の相方が吉祥寺に住んでいるので、
「ちょうどいい!」と思ってパラパラめくっていたら
ちょっと前にお仕事をご一緒させていただいた
イラストレーターの福田利之さん(とっても可愛いイラストを描かれるんです!)
という方が「オススメの吉祥寺カフェ」を紹介していました。
おお~♪」と食い入るように見ていたら、
OZマガジンの表紙や中の写真を撮影しているのが
あの川島小鳥さんだとわかり、
なんだか吉祥寺に呼ばれているような気がする年の瀬です。


話はさかのぼって、今年6月蝶々さん大阪セミナーです。

「ひらき道」をより深めるにはやっぱりセミナーで色々話を聞くことだ!
と思ったので、まさ女さんと一緒に行かせていただくことにした私。

朝、まさ女さんと東京駅で待ち合わせ、バタバタと新幹線に乗って、
まずはプシュッとビールで乾杯。
できたばかりの「ひらきかたプレミアム」のこととか、
7月に行く奄美大島のこととか、
いろいろ楽しい話をしていたら、あっという間に新大阪に。

セミナー会場のある森ノ宮について駅を出ると、
大阪はなんだかスコンと空が高いような、
空気が澄んでいるような、そんな感じがしました。
東京を離れてみて初めて気づいたのですが、
当時は震災後の暗澹たる空気が都内に渦巻いていたんでしょうね。

セミナー開始まで少し時間があったので、
近くのコーヒー屋さんで(酔い覚ましも兼ねて)お茶することに。
古びたアンティークな感じのお店で、
テーブルもカップも素敵♪
幸先のよいスタートです。

会場に向かう途中には、あの「蝶々サンダル」を履いた人たちが続々と!
かくいう私も履いていて、
森ノ宮駅や会場前で会った「同志」の方々と
無言でサンダルを見せ合い、親指を立てて、
いいね!」をし合ったのでした。
蝶々さんのファンはみんな気持ちいいですね!

セミナーは相変わらず綺麗な女性たちがわんさかいて、いい香りがしましたよ
そして登場した蝶々さんの神々しいこと。
尋常でない光を放っていて、本当に巫女のようでした。
話し始めると、いつもの蝶々さんなんですけどね(笑)。
セミナーでは、司会のおねーさんと蝶々さんのやりとりに大笑いしつつ
皆さんの相談に涙ぐんだり、忙しい2時間でした。

セミナーのあとは、蝶々さんの楽屋にちょこっとおじゃましたのですが、
そこにはなんと蝶々さんの「奄美のおかあさん」が!
いつもお話にだけ聞いていた奄美のおかあさんは、
蝶々さんが言っているとおり、
60代には見えないお肌つやつやのとてもきれいなおかあさんでした
おかあさんに挨拶し、「来月は奄美におじゃまします!」と宣言して、
私はホテルに帰りました。
(激務続きだったまさ女さんは、大阪の街のマッサージ屋へと消えてゆきました)

……しかし、
そのままホテルで仕事をし、
きちんとした時間に寝ればよかったものを、
なんとなく欲を出した私は、夜中にホテル出て
北新地に飲みに行ってしまったのです。
そして、天罰のように、「蝶々サンダル」に付いていた
お気に入りの花のコサージュをどこかに落としてしまったのでした

「ひらき道」、セミナーで3歩進んで、夜の北新地で2歩下がったような、
そんな大阪の旅でございました。
(今回は写真がありませんでした……ごめんなさい)

次回は奄美大島でひらきまくり!の巻です

たさかんのひらき道6

2011/12/07 14:44
はい、みなさん、お久しぶりです。
たさかんです。
「CHOCHO ひかりかた流」じっくり読まれましたか?
相談も回答も面白くて、
うっかり自分の「ひらき道」をストップしちゃってました
ですので、溜まった分、これからどんどん放出します!

さて、前回、伊勢参りの一日目にして、
前世から「書き記す」という仕事に就いていたかもしれないことを知り、
就いた職業が「自分の役割」に近いものだったことに
喜びと安堵を感じていた私ですが、
時間が経つにつれ、徐々にこの仕事に対しての責任感といいますか、
「これはそうそう簡単に辞めるわけにはいかないのでは……」
という重みも感じるようになってまいりました。

そんななか、翌日、さらに追い打ちをかけるような?
逃げ道のなくなるような?
出来事がありました。

翌日は朝早くに宇治山田駅のホテルを出て、
運動も兼ねて徒歩で内宮に向かうことに。
せっかく朱印帳も買いましたし、外宮の印も捺してもらっていたので
軽くスタンプラリー的な気持ちで(失礼!)
他の神様にもお目にかかっていこうと、
まずは「倭姫宮」に向かいます。
2011-04-10 08.45.41

「スニーカーで来て良かった!」というくらい歩いて着いた倭姫宮は、
森のなかの深閑とした参道が気持ちのいい神社でした。
参道を入っていくと、ときどき鳥のさえずりが聞こえ、
森林浴からくる気持ちよさだけではない
なにかずっとここにいたいと思わせるものがありました。
内宮のような、ひらけていて、「みんないらっしゃーい」という雰囲気はないで
すが、
静かで落ち着いていて、ゆったりと包み込んでくれるような神社でした。

社殿をきれいにしている神官の方と挨拶を交わし、
お参りをし、もちろんスタンプラリーも完遂し、
早朝のさわやかな空気のなか、
もう少しここにいたいな……と、後ろ髪を引かれつつも、
次なる目的地「月読宮」に向かいます。
2011-04-10 09.35.33


ここも倭姫宮と似た雰囲気の、気持ちのいい神社です。
個人的には、倭姫宮のほうが落ち着く感じだったのですが、
もちろんここでもスタンプスタンプ。


さらに歩いて「猿田彦神社」へ。
ここは知り合いのミュージシャンがたびたびライブをやっている場所でもあった
ので、
いつか来てみたいと思っていたところでした。
また、ここのおみくじはとてもよく「今の自分の状況」を表し、
道を示すお言葉をくれる、と蝶々さんから聞いていたので、
ふだんはおみくじなどひかない私もひいてみました。

結果は「」(ホッ!)。
そして、そこにあった言葉は、
なんというか、今の自分にはまりすぎて鳥肌ものでした
その後のことはぼんやりしていて、
どうやって内宮について、
その後蝶々さんとまさ女さんと合流したのか
覚えていないくらい(笑)。

なかでも印象的だったのが、
やはり「書く」ということについてでした。
正確には「書く」ということではなく、
「言葉」に関することが書かれていたのですが、
想いを言葉にして届けることが、
私が今いちばんしなければならないことのようでした。

それ以外にも、胸に刺さる厳しい言葉背中を押してもらえた言葉
どの項目にも、今自分が必要としていた言葉が並んでいました。

出版社を辞め、フリーランスで活動しはじめて1年、
いろいろと迷いが生じてきたころで、
仕事には自信をなくし、
恋愛も泥沼で袋小路に入り込んでしまっていて、
震災の影響もあわせて、
いろんなことが自分のなかでドッロドロになっていたのが、
すーっと解きほぐされるような感覚でした

(写メでおみくじをみなさんにお見せできれば……とも思ったのですが、
今はもう少し自分のなかで消化させたいので、
また時機がきたらお見せできればと思います!)

その後も、
倭姫宮が天照大神のために伊勢に場所を用意した神様だということを知ったり、
(アマテラスが皆に会える場所を用意するという意味で、
そういう言葉を本にしてみんなが読めるように準備する
という仕事をしていたから、
倭姫宮がとてもしっくりくる感じがしたんだろうな……と思いました。
少々こじつけですが)

その他、今回伊勢神宮で蝶々さんの写真を撮った
川島小鳥さんの話を聞いたその翌朝に、
ホテルの新聞で川島小鳥さんの「未来ちゃん」が賞を獲った記事を読んだり。
(これは以前、まさ女さんの伊勢神宮報告にも載ってましたね)
2011-04-20 07.07.55

小さなことから大きなことまで、
すべてがつながり始めたような感じがしたのでした。
さすがパワースポット

皆さんも、伊勢神宮に行かれる際には
ぜひ猿田彦にも寄ってみてはいかがでしょうか。

さて、やる気満々で都内に戻った私は、
これまで以上にやる気満々で
6月刊行の蝶々さんの本にも取り組みます。
(次回は、また本を作りながらのひらき道に戻ります!)

もちろん、伊勢神宮でのことがあったとはいえ、
しばらく経つと、また迷ったり、もやもやしたり、
自信をなくしたり、
頭のなかがぐちゃぐちゃになったりしました

でも、これまでのように必要以上に焦ることなく、
ニュートラルなポジションに戻ることができるようになった気がします。

「ひらき道」のなかでも、
一番大きなターニングポイントとなった伊勢神宮の巻、でした。

そろそろスタッフブログもお休みに入るとのこと。
ひらき道もあと残すところあと2回です!

たさかんのひらき道5

2011/10/27 16:07
はい、みなさん、こんにちは。たさかんです。

前回、思わせぶりな余韻を残して終わりましたが
そうです、今回は伊勢神宮篇です

3月の震災のあと、
しばらく思うように動けない時期が続きましたが、
宙出版さんと小学館さんのお仕事は
水面下で粛々と進んでおりました。

ただ、やはり都内にしろ実家のある北関東にしろ
周りの空気は重く、気持ちも沈みがちで、
「うーん。お花見したりどんちゃん騒ぎしたりして、
気分をアゲたいとは思わないけど、なんかスッキリしたい……」
と感じてもいました。

そんなとき、まさ女さんから
「蝶々さんと伊勢で打ち合わせするんですけど行きませんか~♪」
とのお誘いをいただきました。
小学館の担当さんも行くとのことでしたので、
転地」「お伊勢参り」「仕事」と三拍子そろった
初の伊勢神宮詣でに行くことになりました。
震災からちょうど1ヶ月後のことです。

人生初のパワースポットに対する興奮のおかげで日頃の方向音痴も克服し、
乗り継ぎや道を間違えることもなく無事伊勢市駅に到着。
ホテルに荷物を置いてから、仕事道具を持っていざ伊勢神宮へ!

まずは伊勢市駅からほど近い外宮です。
お参りをして、朱印帳を購入し(超やる気!)、
内宮行きのバス乗り場へ向かいます。
その間、なんと3人もの人に内宮への行き方を聞かれました。

「私だって、初めて来たっつーの!」と思いつつ、
いい人風に
「私も参りますので、一緒にバス停まで行きましょう」と言って、
なぜか見も知らぬ者たち4人でぞろぞろ。

昔から人に良く道を聞かれるのですが、
旅先でも聞かれることに、我ながらいつも驚きます。
特に、NYやパリなど、どう見ても現地人じゃないのに……
というところで聞かれると、軽くパニックに陥ります

それはともかく、バスに乗り、ほどなくして内宮に到着。
見知らぬ同行者たちとはバスを降りたところで別れ、
いざ、伊勢詣でです。

外宮に居たときには降っていた雨が
内宮に着いたらパアっと晴れ上がり
それだけでもうなんだか歓迎されている気分です。

正宮の前には御簾がかかり、皆その前で参拝をしますが、
私は、
参拝の順番がまわってきたとき、偶然御簾がふわっと上がり、中が見えて、神
様が歓迎しているようだった体験

がしたくてしたくて、ドキドキしながら順番を待っていました。
しかし後ろから見ていると、御簾はたびたびふわっと上がり、
みんながそのスピリチュアル体験をしている模様。
(私だけの)特別な体験とはなりませんでしたが、
神様がみんなに「よく来たね」と言ってくれている気がして、
やっぱり心が洗われるような気持ちになりました。

その後、内宮では御朱印をもらい、
小学館の担当者さんと落ち合って、
蝶々さんとの打ち合わせに向かったのでした。

その日の打ち合わせでは、
震災のことから伊勢の歴史まで、いろんなお話を蝶々さんからうかがいました。

そのときに蝶々さんから言われたことで、
心に残ったことがありました。
個人的なことなのですが、

●なぜ蝶々さんと出会ったのか、
●なぜ今伊勢に来たのか、
●そして、なぜ私は本を作るというこの仕事に就いているのか。

きっと前世から巫女の言葉を書き留めたり
世に知らしめる書記のような仕事に就いていたのだと。
なぜ自分がよく道を聞かれるのかも、
それに関連していました。
巫女の言葉をみんなに伝えて、道を示すということもあったのかもしれないと。

そのときは、「やっぱり編集・出版という仕事に就いて間違いじゃ無かったんだ!」
と、とても嬉しく思っただけでしたが、
次の日に、さらに様々な神社を訪れて、鳥肌の立つような
いろんなことがすとんと腑に落ちるような事柄と出会うことに……

またも思わせぶりですみません。
後日、伊勢神宮篇の後編に続きます!

たさかんのひらき道4

2011/09/27 17:21
みなさん こんにちは
たさかんです

暑さも寒さも彼岸まで……
この時期になると、毎回この言葉をつぶやいてしまうくらい、
お彼岸過ぎると毎年めっきり涼しくなりますね。

みなさんお墓参り行かれましたか?
お彼岸に実家に帰れなかった私は、
前の週になんとかすませてきました。
やっぱりお墓を掃除したり仏壇をきれいにしたりすると、
なんだか憑き物が落ちたようにさっぱりすっきりした気分になります。

うちは母が昔気質の人間なので、
時節時節のお墓参りはもちろん、
お月見などの慣習もお団子作って近所のススキをとってきて
きちんとやっています。
普段の生活も、
朝ごはんには必ず生の野菜とくだものが入る(パンでもお米でも)
一日に一食はかならずお味噌汁付き
ふとんや枕は必ず天日干し
(掃除だけは苦手みたいですが)

でも、毎日毎日、自分のやるべきことを粛々とやっている母は、
迷いなく自分の人生を「一生懸命」生きているように見えます。
もう10年以上、認知症の祖母の介護をしていますが、
それも腐ることなく「当然のこと」としてやっているように見えます。
仕事もしているので、大変なはずなのに、
皺も白髪もあまりなく、お肌もまだ(比較的)ツルツルです。

そんな母は、3.11当日、たった一人で北関東の実家におりましたが、
当日の夜までには、全部外側に外れてしまった雨戸やサッシを直し、
崩れた板塀や落ちてきた瓦を片付け、
近所のお見舞いまですませていました。

私のほうは、そのとき取材で居た茨城の研究所が
水道管破裂に停電。
津波がくるところではなかったので大丈夫でしたが、
帰るすべもなく途方に暮れていました。
近くの方が車を貸してくださり、
なんとか母のいる実家にたどり着くことができました。

母は天井や壁から落ちてきたモルタル等のかけらを
掃除しながら、
私や、一緒に実家に連れて行った仲間の布団を用意し、
次の朝にはいつもの朝ごはんを出してくれたのでした。

その姿を見て、蝶々さんのおっしゃる
やるべきことをやっている人は、簡単には動じない
って、こういうことなんだろうなあ。
と改めて、身近にそんな人がいたことに感じ入りました。

そして、蝶々さんご本人はというと、
見事3月は日本にいらっしゃらなかったのですが、
前々から「3月は日本にいないから」とおっしゃっていたのは、
ひょっとして、何か感じていたから……?
と思わずにはいられないのでした。
(だって、6月に本を出すとなったら、
3月は著者ご本人は結構忙しかったりするわけですよ)

しかし、さらに感動したのはそのあとです。
日本に戻られた蝶々さんと打ち合わせでお会いしたとき、
会ったその瞬間に、
「無事でよかった」と言って、
ギュッとハグしてくれたんです
それだけでもうなんか、緊張してたものが抜けていく感じがしました。

そして数日後、
心当たりのない宅配便が自宅に届き、何かと思ったら
放射性物質漏れを心配していた
お水や新鮮な野菜を蝶々さんが段ボール箱いっぱい送ってくれていたのでした。

その他人に対する思いやりと
行動力に感銘を受けた私は、
翌月、ついに初めての伊勢神宮へと向かうことに……

というわけで、次回は伊勢神宮編です!

あと、今週末がプレミアムチェックシート
Q&A第1弾応募の締め切りだそうですので、
みなさんどうぞよろしく!